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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1834号 判決 1987年11月26日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 宮下靖男

被控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 岸田功

同 武並公良

同 関伸治

同 高瀬桂子

同 国久眞一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

(控訴人)

一  原判決を取り消す。

二  控訴人と被控訴人とを離婚する。

三  控訴人と被控訴人間の長男一郎(昭和四三年二月七日生)の親権者を控訴人と定める。

四  被控訴人の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも本訴反訴を通じて被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文と同旨

第二主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏九行目の「紹介により」の次に「知り合い、」を加える。

二  控訴人の主張

1  原審では、当事者双方本人が本訴提起後に作成した陳述書等の書面の提出が要請され、これらの多数の書面が書証として事実認定に供されているとともに、当事者双方本人の尋問に際しても、主尋問はこれらの書面の提出によって一応終了しているものとして尋問が進められている。しかし、当事者は一般的に自己の主張を前記書面に記載するであろうことは経験則上明らかであって、前記の当事者の陳述を記載した書面と当事者の「主張を記載する書面」とは大差がないものとなるから、前者で主張事実を認定することは、主張事実を「主張」によって認定するもので、換言すれば証拠なくして事実を認定することとなるから、原審の証拠調べの手続は違法といわなければならない。さらに、前記の陳述書等の書面の提出により当事者本人の主尋問を一応終了したものとする扱いも、書証と人証の区別を放棄し、当事者本人の供述の正確性を担保する目的から定められた民事訴訟法上の各手続を無視するものであって、民事訴訟法に違反する訴訟手続といわなければならない。

2  控訴人は訴外乙山春子(以下春子と略称する)と昭和四七年五月から同居しているが、それ以前に同女と情交関係はなく、原判決認定のように昭和四六年七月頃までに情交関係をもつ仲にあったことはない。そして、右同居時点よりさらに以前において、本件婚姻は、被控訴人の性格、態度、夫婦関係における日常の諸行為、特に長男一郎の養育、監護の不適切性等により破綻状態に立ち至っていたものであり、控訴人と春子の前記同居が本件婚姻破綻の原因となったものではない。従って、控訴人はいわゆる有責配偶者に該当するものではない。

3  さらに、控訴人が有責配偶者に該当するか否かの点はさておき、本件におけるように復旧することを予測しえない程破綻するに至った婚姻については、その事実を重視し、離婚を認めるのが相当である。ことに本件においては、夫婦の別居期間は長期に亘っていてすでに離婚と同様の実体を備えており、その間の子も成年に近づき両親から独立すべき時期に達しているし、控訴人は本件離婚が認容される場合には被控訴人に対し相応の金銭的配慮をする用意がある点や双方の年令等の事情も考慮するときは、本件婚姻を法的な面でのみ存続を強制することは不当というべきである。

三  被控訴人の反論

1  前項1の主張は争う。原審の事実認定の手続は民事訴訟法に反するものではない。

2  同2については、控訴人と春子が同棲を開始したのは昭和四七年五月からであるが、両名はその前年の昭和四六年七月頃から情交関係を持っていたものであって、これが本件婚姻を破綻に至らしめた原因であるから、控訴人は有責配偶者に当ることは明らかであり、本主張は失当である。

3  同3の主張は争う。被控訴人は控訴人との夫婦関係は修復可能と考えるが、仮に本件婚姻がすでに破綻しているものというべきであるとしても、本件については、次のような事情があることを考慮すると、破綻主義理論を適用して離婚請求を認容することは相当ではない。

(一) 被控訴人の生活基盤は、現在、交換価値の期待できない中古マンションと控訴人が分担する婚姻費用のみであるが、この婚姻費用も現在まで被控訴人が強制執行をすることにより漸く取得できる状態であるし、また、控訴人は、被控訴人と同居中に、被控訴人に二度まで妊娠中絶をさせたのにもかかわらず、被控訴人の健康には全く気遣いもせず、健康保険証の交付すら拒んでいたもので、この様な事情からみると、離婚により被控訴人が経済的苦境に立たされることは明白である。

(二) また、控訴人及び春子が本件離婚訴訟に関して一郎に対してなした説明方法は客観性に欠けるものであるし、一郎の居所についての控訴人と春子の供述も一致していないことなどの事情からみると、被控訴人が、控訴人らの協力を得るか或いは自らの力で、将来一郎と接触して母子としての意思疎通をはかることは到底望み得ないといわなければならない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件婚姻の事実経過に関する認定は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決一四枚目裏五行目冒頭から同二二枚目裏末行の末尾までのとおりであるから、これを引用する。

なお、控訴人は、当事者双方本人が本訴提起後に作成した陳述書等の書面を証拠とし、あるいはこれらの書面を各本人尋問の際に利用することを違法と主張するが、右のような書面は、その証拠価値について慎重な検討を要する面があるとしても、その証拠能力を否定すべき理由はなく、事実認定の資料となしうるものと解すべきであり(最高裁昭和二四年二月一日判決、民集三巻二号二一頁参照)、また、本人尋問における扱いについても、《証拠省略》によれば、原審では、当事者の本人尋問は右書面を前提として行い、主尋問は、あらかじめ書証として提出された右書面によって一応終了しているものとして、その成立、それに記載洩れの事実及び特に強調したい事実程度にとどめ、相手方の反対尋問に入る扱いをしていることが認められるが、主尋問の殆んどを右書面の記載で完了したものとしながらもその補充的な尋問を認め、反対尋問権も保障している以上、右のような本人尋問の方法を採ることが民事訴訟法に違背するものとは解しがたいから、控訴人の本主張は理由がない。

1  《証拠付加省略》

2  《証拠付加・削除省略》

3  同一七枚目裏六行目の「母及び」から同八行目の「を出て」までを「父母と同居していたが、昭和四四年六月に母が死亡し、昭和四六年六月頃から右家を出て一時姉丙川松子の家に高令の父とともに身を寄せた後、姉婿に気兼ねしたこともあって同年九月頃に右家を出て堺市《番地省略》にある」に改める。

4  同二〇枚目表二行目の「原告は」の次に「このようにして一郎とともにマツ方に身を寄せていたが、」を加え、同一一行目の「目録一」を「目録二」に改める。

5  《証拠付加省略》

二  そこで、控訴人の本件離婚請求の当否について検討する。

1  まず、前項の認定事実によれば、控訴人と被控訴人は婚姻後五年近い期間にわたって生活を共にした後、控訴人は、一方的に両名の子の一郎を伴って被控訴人と別居し、その後間もなく春子と同棲し今日に至っているもので、右別居期間は当審口頭弁論終結時点ではすでに約一五年六か月を経過しており、この間控訴人と被控訴人との間には夫婦としての交流は全く無いのに対し、控訴人と春子は社会的にも夫婦としての実質を備える関係を形成、維持してきているのであって、被控訴人が婚姻継続を強く要望していることを考慮しても、本件婚姻はすでに夫婦としての共同生活の実体を欠き、回復の見込がない程度に破綻した状態に至っているものと認められる。

2  そこで、右婚姻破綻についての控訴人と被控訴人の責任について検討する。

(一)  被控訴人は、控訴人が春子と前記同居の前年である昭和四六年七月頃から情交関係にあった旨主張するが、以下に検討するとおり、この事実を認めるに足りる証拠はない。

すなわち、前記認定のように、昭和四六年四月に控訴人は春子からカフスボタン等のセットを貰ったと云って持ち帰ったことがあって、これが被控訴人に右両名の関係を疑わせる一因となったことがうかがわれるが、右のような行為は一従業員の会社経営者に対する行為としては、やや不自然とみられなくはないとしても、右事実自体(ことに右物品はわざわざ被控訴人に示されている)から前記情交関係を推認することが相当でないことは明らかである。また、昭和四六年八月下旬頃、控訴人が社員に行き先を連絡しないまま旅行し、その頃春子も欠勤していたことも、被控訴人が前記の情交関係の存在を疑う理由となっていることがうかがわれるが、控訴人が春子と一緒に旅行をしていたことを認めるに足りる証拠は何らなく、この点は控訴人の単なる推測の域を出ないものといわざるを得ない。さらに、控訴人は昭和四六年七月頃から被控訴人に宿泊先等を明らかにしないまま外泊をたびたび繰り返しており、他方、乙山は同年九月頃から単身でアパート住いをするようになったのであるが、控訴人が乙山と右外泊を共にしていたことを認めるに足りる証拠は何らなく、かえって、当審証人丁原竹夫の証言によれば、控訴人は、同証人が戊田印刷(控訴人経営)に在職していた昭和四六年一〇月までの間に、あまり家に帰りたくないといっていて、同証人の家や右会社の宿泊施設に泊っていたことが認められるのであって、控訴人本人の原審における右外泊についての供述が、単なる弁解とは認められないから、右の外泊の点も控訴人と乙山の情交関係の存在を推認しうるものとはいえない。その他前記の控訴人らが別居するに至る経緯や別居後短期間の内に控訴人と乙山が同居するに至っている事情もあるが、これらの点も《証拠省略》と対比して検討すると、右の情交関係の存在を推認しうる事情とはいえない。

(二)  以上のとおりであって、控訴人と乙山が被控訴人主張のように昭和四六年七月頃から情交関係を結んでいたものとは認められないのであるが、両名は前記のように被控訴人の心情を無視して昭和四七年五月初旬頃同居を始めている。

そして、控訴人は、右別居の前年の昭和四六年四月頃から被控訴人に対して離婚を求めるようになり、同年一〇月一三日には離婚を求めて家庭裁判所に調停の申し立てをし、離婚の合意に達する見込がないとして取下げた後、その子一郎を伴って別居するという行動に出たことは前記のとおりであり、この経緯からみると、右別居の頃においても、控訴人が被控訴人との夫婦共同生活の終了を求める意思はかなり強く、また、この状態を改善するのは容易とはいえない状態に至っていることは否定できないが、両名はすでに夫婦共同生活に入って約五年を経過しており、その間に四才になったばかりの幼児がいたことや控訴人ら夫婦の年令、控訴人の社会的地位等の事情を考慮すると、右別居後約三か月を経過したに過ぎない前記の控訴人と乙山の同居開始時点では本件婚姻が回復不能の状態にまで破綻していたものと解することはできない。

従って、前記認定の本件婚姻の事実経過も考慮すると、控訴人らの婚姻の破綻は、結局前記のように妻である被控訴人の心情を無視して乙山との同棲生活を開始し、これを継続したことが主たる原因となっているものといわなければならない。

(三)  なお、控訴人は、被控訴人にはその性格、夫である控訴人に対する性生活面も含めた態度、家計、育児態度、能力等に関して欠けた点や異常な点など問題となる所が多く、これらが本件婚姻破綻の原因である旨主張し、《証拠省略》には、右主張に沿う記載ないし供述がある。

しかし、右記載ないし供述によれば、被控訴人は金銭管理に関し控訴人に対する説明が不充分な点があり、また、支出面で控訴人の収入に比し倹約に過ぎ控訴人の意向に沿わない傾向があったし、一郎の養育方針の点でも控訴人と意見の食い違いがあり、やや厳格に過ぎる傾向が見られ、さらに夫婦の性生活に関しても自己の健康等を気使う余り控訴人に不満を感じさすこともあったことなど控訴人が夫婦としての共同生活上被控訴人に対し不満を持った事情があったことが認められるが、《証拠省略》と対比してその内容を子細に検討すると、前記の記載ないし供述は、右認定の各問題点に関してもかなりの誇張があることが認められるし、その余の被控訴人の不当な言動について具体的に述べる部分も直ちに措信しがたいものといわざるを得ない。

以上のように、被控訴人の性格、考え方及び控訴人との夫婦共同生活においてなした言動などにおいて控訴人の意向に沿わず、不満を持った点があるとしても、それらの点が本件婚姻破綻の主たる原因となったものとは到底解することはできないものといわなければならない。

(四)  以上のとおりであって、本件婚姻の破綻については、一方的に被控訴人と別居したうえ乙山との同棲生活を継続している控訴人に主たる責任があるものと解するのが相当である。

3  ところで、本件婚姻については、すでに判断したように、夫婦としての共同生活の実体を欠き、その回復の見込みがない状態に至っているものというべきであり、このような場合は民法七七〇条一項五号所定の事由があるものと解すべきであるが、離婚請求は身分法をも包含する民法全体の指導理念たる信義誠実の原則に照らしても容認されるものであることを要する(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号、昭和六二年九月二日判決参照)から、本件については有責配偶者である控訴人から離婚請求がなされている事情を考慮しても、なお、右請求が前記原則に照らし容認されうるものであるか否かの検討が必要である。

そこで、この点を検討すると、まず、控訴人と被控訴人の別居期間は、前記のように両名の同居期間の約三倍に当る一五年間を超える長期となっており、また、両名の子一郎は未成年者とはいえ、すでに一九才の半ばを超えており、《証拠省略》によれば、一郎は大学生となり寮に入って独立して生活するに至っていることが認められる。

しかし、先に認定したように、控訴人は、前記別居の時点やその後も今日まで被控訴人に対し特に財産の分与もしていないうえ、昭和五四年一一月五日に婚姻費用分担の審判が確定した後においても、被控訴人からその強制執行を受けなければこれを支払わないという態度を続けているし、また、昭和四八年三月頃には被控訴人を社会保険の被扶養者から外すという措置をとるなど、不誠実な態度をとり続けているものであって、このような事情や前記認定のように被控訴人が現在定職がなく、その年令からみて相応の収入のある職業を新たに見つけることは困難であることがうかがわれ、離婚となれば将来さらに経済的な窮境に放置されることとなる危険性があること(仮に被控訴人の反訴請求にもとづき財産分与ないし慰謝料の支払が認容されるとしても、前記の従前における控訴人の態度からみてその実効性には疑問がある)、前記の控訴人の現在までにとった態度からみると、被控訴人の危惧するように本件離婚が認められれば一郎との実質的な親子関係を回復することは殆んど不可能な状況に追込まれるものとみられることなどの事情を考慮すると、本件において離婚を認めることは、自ら本件婚姻破綻の原因となるべき事実を作出し、不誠実な態度を継続している控訴人の請求を容認し、他方、婚姻継続を熱望している被控訴人を経済的及び精神的にさらに窮状に追い込むことになるものであるから、このような場合本件離婚請求は信義誠実の原則に照らして許されないものと解するのが相当である。

三  以上のとおりであって、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 大石貢二 竹原俊一)

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